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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)465号 決定 1985年12月05日

抗告人

長尾良一

右代理人弁護士

片岡彦夫

債権者

増井幸平

右代理人弁護士

大橋昭夫

小川秀世

債務者

旧姓冨田こと

牧野敏朗

第三債務者

日動火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

佐藤義和

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一抗告の趣旨及び理由

本件記録によれば、債権者は、昭和五九年五月一〇日、債務者に対する消費貸借金債権七七二万二、九五〇円の請求債権の弁済に充てるため、債務者が第三債務者に対して有する火災保険金請求権(以下「本件差押えにかかる債権」という。)につき、右請求債権に執行費用を加えた合計七七二万八、四九〇円(以下「本件執行債権」という。)を限度とする債権差押え及び転付命令(この各命令を以下「本件差押命令」、「本件転付命令」といい、本件差押命令にかかる差押えを「本件差押え」という。)を得て、右命令書正本は同月一一日午前一一時に第三債務者に送達されたこと、他方、申立外岩崎正夫は、同月一〇日、債務者に対する合計四九八万円の債権を保全するため、本件差押えにかかる債権につき、右債権額を限度とする仮差押命令(この仮差押命令にかかる仮差押を以下「別件仮差押え」という。)を得て、右命令書は同月一一日午前一〇時に第三債務者に送達され、さらに、同年一〇月三日、右債権の弁済に充てるため、本件差押えにかかる債権につき、五二九万一、四六三円(以下「別件執行債権」という。)を限度とする差押命令を得て、右命令書は同日第三債務者に送達されたことの各事実を認めることができ、抗告人は、昭和六〇年三月一五日、本件差押えについて本件配当要求をしたものであるところ、原裁判所は、同年七月一二日、本件配当要求は本件転付命令の効力発生後にされたものであつて無効であるとして、これを却下したものである。

そして、本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、抗告人の配当要求を認めるとの決定を求める。」というのであり、その理由とするところは、要するに、本件差押命令及び本件転付命令が第三債務者に送達された昭和五九年五月一一日当時においては、第三債務者において本件差押えにかかる債権たる火災保険金請求権につき火災の発生原因及び損害額を調査中であり債務者と交渉中であつたもので、本件差押えにかかる債権の額が確定していなかつたのであるから、右債権には未だ「券面額」が存在せず、したがつて、本件転付命令は無効であり、ひいては本件配当要求を無効として却下した原決定には誤りがある、というのである。

二当裁判所の判断

本件記録によれば、本件差押命令及び本件転付命令が第三債務者に送達された昭和五九年五月一一日当時においては、第三債務者において本件差押えにかかる債権たる火災保険金請求権につき、火災の発生原因及び損害額を調査中であつたものであつて、未だ右債権の存否及び額が確定されていなかつたことを認めることができ、また、火災保険普通保険約款二五条一項は、「保険契約の目的の価額又は損害額について、当会社と被保険者との間に争を生じたときは、その争は他の問題と分離して、これを当事者双方が書面をもつて選定した各一名ずつの評価人の判断に任せるものとし、もし、評価人の間で意見が一致しないときは、評価人双方が選定した一名の審判人の裁定に任せなければならない。」ものとして、一種のいわゆる仲裁鑑定条項を定め、本件差押えにかかる債権たる保険金請求権の発生原因たる火災保険契約も右約款に基づいて締結されたものと推定される。

しかしながら、転付命令の目的とされた債権に券面額が存在するというためには、転付命令の発令当時において既に当該債権の発生原因事実が生じている以上、当該債権の存否及び額が確定されていることは必ずしも必要ではなく、その確定のための手続が事後に残されている場合であつても、客観的には既に発生し存在している被差押債権につき債権転付の効力を生じるものと解することができるのであつて、このことは、当該債権の額の確定につき右のような仲裁鑑定条項が存在する場合であつても別異に解すべき理由はなく、本件転付命令の目的とされた債権に券面額が存在しなかつたものということはできない。

ところで、本件転付命令発令当時においては、本件差押えにかかる債権の額が確定しておらず、したがつて、本件差押えと別件仮差押えとが競合することになるかどうかを確知しえなかつたのであるから、本件転付命令ひいては本件配当要求は未だその効力の有無を確定しえない状態にあつたものということができるけれども、本件記録によれば、その後遅くとも昭和六〇年四月一九日には本件差押えにかかる債権の額が一、六七八万四、三〇六円であることに確定されたことが認められるのであつて、これによれば本件差押えにかかる債権の額は本件執行債権の額及び別件執行債権の額の合計額を超えていて、差押えの競合が生じる場合ではないことが確定したのであるから、結局、これによつて本件転付命令は当初から有効であつたことが確定し、したがつて、また、本件転付命令が第三債務者に送達された後にされた本件配当要求も効力を生じる余地がないものであることが確定したものというべきである。

三結論

そうすると、本件配当要求が無効であることを明らかにするためこれを却下した原決定は正当であつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、抗告費用は抗告人の負担とすることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官西山俊彦 裁判官越山安久 裁判官村上敬一)

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